大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和30年(オ)385号 判決

上告人 山桝秋太郎

被上告人 国

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人長砂鹿蔵の上告理由について。

論旨は異議に対する決定及び訴願に対する裁決には必ずその理由を付すべきであるに拘わらず、本件決定及び裁決にはその理由の説示なく要式行為としての方式を欠如するものであり当然無効というべく、従つてかかる決定及び裁決を経てその後に行われた本件買収処分及び売渡処分も亦その違法性を承継し当然に無効であるというに帰着する。

元来、異議及び訴願の制度は行政処分により権利を害せられたもののために認められた救済手段であると共に、かかる処分をなした行政庁に対しその処分の当否につき再考の機会を与えんとするものに外ならない。されば異議及び訴願について審理を遂げその当否を判断した場合、その理由を説示すべきことは当然の事理として推奨さるべきであろう。少くとも訴願の裁決については訴願法一四条においてその理由を付すべきことを要請しているから、裁決にその理由を説示しないことは違法といわれなければならない。しかし、行政行為はそれをなした行政庁の権限に属する処分としての外観的形態を具有する限り、仮りにその処分に関し違法の点があつたとしても、その違法が重大且つ明白である場合の外は、これを法律上当然無効となすべきではない(昭和二五年(オ)二〇六号事件、同三一年七月一八日言渡大法廷判決参照)。しかるに訴願の裁決に法律の要請する理由の説示を欠如する違法があるとしても、ただその事だけではその裁決は形式的には要式行為としての方式の一を欠き、実質的には如何なる理由でなされたかが不明であるに止まり、もとより如何なる裁決がなされたかを明認し得ること勿論であり、訴願庁の裁決としての外観的形態を具備しないものということはできない。そしてかかる裁決のあつた場合においても当事者は法定の出訴期間に訴訟を提起し係争行政処分の取消を求め得るのであるから、この違法は必ずしもここにいわゆる重大な違法に該当するものではない。この事は民事訴訟法においても判決にはその理由の説示を必須の要件としているのであるが(民訴一九一条一項三号参照)、誤つてその説示を欠如した場合にもかかる判決を当然無効とはせず単に判決破棄の事由としたに過ぎないこと(同三九五条一項六号参照)に徴しても容易に了解することができるであろう。それ故本件訴願の裁決は当然無効ではない。しかのみならず、所論違法性承継の理論が肯定されるものとしても、すなわち、段階的に発展する一連の行為の結合により一の法律効果が完成する場合に先行行為の違法性が後行行為に承継され、後行行為に対する不服の理由として先行行為の違法を主張し得るものと仮定しても、それは所論のような訴願裁決を経てその後に行われた本件買収処分及び売渡処分に対し法定の期間内に訴訟を提起しその違法を主張してこれか取消を求め得ることを肯定せしめるに過ぎないのであつて、右両処分を法律上当然無効たらしめるものではない。けだしこの場合においても、さきに本件訴願裁定を当然無効となし得ないことにつき説示したところと全く同様の理由が存するからである。されば論旨は採るを得ない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 真野毅 斎藤悠輔 入江俊郎)

上告理由

原判決に於て上告人の本訴請求を棄却するに付その理由として原判決理由に判示せられた点は左の二点に帰着する。

第一、農地買収に付措置法(自作農創設措置法)に認められた異議申立に対する決定、訴願に対する裁決とも理由の記載を必要とするに不拘本件異議申立に対する決定、訴願に対する裁決には法の要求する理由の記載が全くないが、或は不備な理由を附したるものと認むるの外なきも理由の附してない決定、裁決といえども処分として違法であるとはいえるけれども当然無効ではない。従てこれが当事者に送達されることに依り効力を生ずるから法定期間内に訴を提起して該処分の違法を攻撃して其取消を求めるとも又基本の買収計画の実体上の違法を理由として其取消を求むべきである。

異議申立に対する決定に付決定書謄本に代えて決定通知書を送付されても決定書の謄本と同視できる内容の記載されて居る限り適法と認めるから理由の記載に欠けている場合でも前同様当然無効ではない。

之を要するに本件異議申立に対する決定、訴願に対する裁決に理由を附せざることは法律上違法ではあるが当然無効ではなく訴に依り取消を求むべきであると謂うに在り。

凡そ行政行為の瑕疵と行政行為の効力に付学説、判例は瑕疵ある行政行為と無効ではないが取消を待つて初めて効力を失う行政行為とに分つ。即ち行政行為の取消を待たず当然無効なるものと只取消の原因たるに止まる場合とにわかたれるかこれを区別する基準を何れに求めるか。通説として瑕疵が重大かつ明白にして之を有効ならしむることが著しく正義に反する結果を来す場合之を当然無効とし、然らざる場合を取消原因と解することは敢て異論なきところ。然らば本件の如き異議申立に対する決定、訴願に対する裁決に理由を附せざる場合、即ち形式上の瑕疵であつても要式行為については要式を欠くことによつてその行為を無効とすることも又学説、判例の一致せるところ。異議申立に対する決定は不服申立制度を設けた本質上理由を附したる決定書謄本の送達を必要とする要式行為であるから理由を附せない決定は仮令決定通知が決定書謄本に代ることができるとしても要式を欠ぐことになるから当然無効である。又訴願に対する裁決も理由を附することを必要とする要式行為であるから理由を附していない裁決は要式を欠ぐことに依り当然無効であることも学説の一致せるところである。

本来一般の行政処分に関し訴願なる救済制度を設けて行政庁自ら之を是正する機会を与えたる所以のものはこれに依り法の適正なる執行を図り各人の権利を公正に保護することが社会の秩序を維持し正義の確立に之を必要とせるが故に外ならず。措置法に於て農地買収計画を樹立する農地委員会に対し異議申立なる不服制度を設けこの決定に対し更に府県農地委員会に訴願なる不服制度を認めたるは農地の解放が地主の為めには没収に均しき所有権の接収であり重大なる利害を伴うものであるから権利の保護に万全を期する為めに二重の不服制度を設けたものである。

而して異議、訴願とも何れも不服制度であるからその本質上申立を拒否する場合に於ては理由に之を明示すべきことは当然法の命ずるところ。これ陳情、請願等と異なるところで措置法が異議申立に対する決定は理由を記載せる決定書謄本の送達を必要とし訴願が書面に依り理由の記載を必要とする等何れも要式行為であるから理由の記載を欠如することは要式を欠ぐことに依り形式上の瑕疵であつても之を要式行為とせることに依りその重大性を認められ、しかも理由の記載なきことは顕著なるものにして瑕疵が明白であり又何等理由の記載なくして之を却下するが如きは暗黒時代に於ける切捨御免の如きもので著しく定義に反する結果を来すにも不拘原判決に判示するが如き理由の記載なきものでもこれを送達すれば法の要請する効力を生ずるものと認めこれを単に取消の原囚たるに過ぎざるものと解し当然無効を否定せることは法律の解釈を誤るもので、即ち法律を適用せざるの違法があるから破毀せらるべきものと信ずる。

第二、以上の如く異議申立に対する決定及び訴願に対する裁決手続に於ての行政庁の形式的、手続的瑕疵はこれ等に対する決定、裁決が全くなかつた場合と異なりその後に行われる買収処分、売渡処分の瑕疵として当然に承継されるものとは認められないから本件買収処分、売渡処分は何等違法無効ではない。

之を要するに異議申立に対する決定、訴願に対する裁決に付形式的、手続的瑕疵はその後に行われる買収処分、売渡処分の瑕疵として当然に承継されるものではない。即ち違法性の承継を否認せるものである。

本件農地買収手続は措置法に於て定むるところの市町村農地委員会の買収計画の樹立、法定期間の公示、異議申立に対する決定、訴願に対する裁決、府県農地委員会の承認、府県知事の買収決定、売渡決定が段階的に行われこの段階を経ないで買収決定、従て売渡決定なるものは為されない。この段階を経ないで買収決定、従て売渡決定が為されてもこれ等の行政処分が違法にして当然無効であることは敢て論議の必要はない。

果して然れば本件異議申立に対する決定、訴願に対する裁決に於て之を却下するに付理由の記載なき為め法定要式を欠ぎ手続上の瑕疵が重大且明白にしてこの様な瑕疵を有効なるものとしてその効力を認めることが著しく正義に反する場合、即ち手続上決定、裁決が為されたものと認めることができない。従て斯る決定、裁決は絶対無効であるからこの後に行われる買収処分、売渡処分が当然違法性を承継し無効であることは勿論のことで本件買収処分、売渡処分は以上の段階的手続を経て最後に為さるべきものなればその手続を経ない法的欠陥の違法性は当然承継さるべき(昭和二五・九・一五最高裁判決、昭和二七・一一・一七大阪高裁判決参照)に不拘之を否定せる原判決は法律の解釈を誤りたるもので法律を適用せざるの違法があるから是又破毀せらるべきものと信ずる。 以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例